16 Oct 2019

海軍軍人ヴァシーリー・ゴロヴニーンの墓参り

 
https://www.youtube.com/watch?v=kOkYvlKi9Xk

この動画はさとみ立木さんが海軍軍人ヴァシーリー・ゴロヴニーンの墓参りについてのものです。田月さんは、写真ワークショップのオーナーであり、日露友好について講演をするためにロシアに来たました。ゴロヴニーンの墓参りの直前、日露戦争に参加したオーロラ号で彼女は講演をしました。そこに日本海海戦に参加していたロシア兵の子孫の方 が集まりました。彼女は日露戦争中に撮られた写真の物語を語たりました。講演が終わった後、たつきさんはゴロヴニーンの墓を訪問するように招待されました。

ワシリー・ゴロヴニンは、日露戦争が始まるずっと前に生きていたことを思い出してください。彼は19世紀の初め、ロシアと日本の関係の歴史に早くから関わっていました。 当時、私たちの国は日本と外交関係がなく、ロシアは日本についてほとんど何も知りませんでした。18-19世紀、日本人の船員は、船が難破したせいでロシアに流れついたり、ロシア皇帝とさえ会ったりしていました(たとえば、ピョートル1世と伝兵衛、エカテリーナ2世と大黒屋光太夫など)が 、日本について彼らが話したことは一般には知られていませんでした。

1816年に、 日本に幽閉され二年を過ごしたロシアの海軍軍人ヴァシーリー・ゴロヴニンの冒険について本が出版されました (『日本幽囚記』)。ゴロヴニンと他の乗組員は、数年前に起きたフォヴォストフ事件という事件の報復措置として日本人に捕らえられました。幸いなことに、問題は無事解決されました。ゴロブニンの友人ピョートル・リコルド、また高田屋嘉兵衛の尽力により解放されました。 この作品は複数回発行されており、ロシアと欧州広範囲で読まれました。ゴロブニンのおかげで、多くのロシア人が日本人について詳細に知るようになりました。

ヴァシリー・ゴロブニンの日本の冒険の歴史は、それが私たちの国々の友情と相互理解能力の例であるという点でも重要です。したがって、立木さんが異なる出来事について私たちに話すためにロシアに来ましたが、彼女はゴロブニンの墓参りを訪れることの価値を理解してくれれば良いと思います。