4 Sep 2013

ドストエフスキーのペテルブルグ part 3 。「罪と罰」の舞台となった場所を私の散歩 (3)




Sennaya広場を横切っている通りはSadovayaといいます。 この通りを行くとNevsky prospectという街の大通りに出ます。でも私は、逆方向歩きます。
この道を行けば、すぐSadovaya通りに隣接している通りが見えます。
ここで右に曲がってまっすぐ行くと、ラスコーリニコフの家に出ます。  
Sadovaya 45, Stolyarnii pereulok 。 そこに見える橋はkokushhkinといいます。それは小説の最初の文で言及されています。



でも、私は今そこに行きません。Sadovaya通りを歩き続けます。
遠くに見える面白い建物に近づこうとしています。その前に Yusupovsky公園を通り過ぎます。

右の写真で見える緑はYusupovsky公園です。
      
 
  


Yusupovsky公園

  








ところで、 ラスコーリニコフはこの道を通って、犯罪をしに行きました
その時彼は緊張していなかったようです。   彼は計画していた殺人に直接関係のないいろいろなことを考えていました。例えば、「もっと公園と噴水を造れば、いいなぁ~とか
噴水が町の空気をもっと新鮮にするだろう」と、彼は 公園を通りすぎながら、思っていました。

私は「罪と罰」を日本語版を見つけることができませんでした。自分の言葉で ラスコーリニコフの考えを伝えてみました。 日本語でのオンラインの「罪と罰」があれば教えてくださいね。
 
ところで、公園の向かいの建物は、ラスコーリニコフのお母さんと姉さんがペテルブルグに来て定住した家です。 
 

 ラスコーリニコフの家族の家 - Sadovaya str. 49

その後、私は公園に長居しないで、私にとって面白い建物にきました。この建物は、「罪と罰」が書かれた当時は、まだ建てられていませんでした。

Sadovaya street 57

街のさまざまな機関がその中にあるために、1906年に建てられました。
ゴシック様式の要素が見受けられます。 そのような建物の装飾に驚くのをやめられません。


ここはフクロウがメインキャラクターようです。

中庭に入ってみました
その中に怖い飾りあります。 洞窟かな・・



このおとぎ話からような建物には、灰色の建物が隣接しています。正反対同士は引き合うでしょう。
ソ連時代の構成主義の様式で建てられました。



そのデザインはソ連の人の労働を象徴しているようです。でも、ロシアの当時の歴史を知らないと、ハンマーを持っているその手は隣の建物の恐ろしい画像ように、恐ろしく感じられます


少し想像をたくましくすると、斧を持っているラスコーリニコフの手を見ることができます。笑

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2 comments:

  1. Привет, Таня!
    「罪と罰」は昔読んだのですが、舞台となった建物を見に行ったことはありませんでした。写真を見て、行きたくなりました!よく見るとデザインが変わっていて面白いですね。
    日本に戻って1週間たちますが、ペテルブルグが恋しいです。
    ブログがんばってください!

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    Replies
    1. Saoriこんにちは!ブログを読んでくれてありがとう!
      今は私はもっとSaoriと一緒に散歩したらいいのにとよく思います。
      いつかまたSaoriとここで会いましょう)

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